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不二門

人々が仏教に一心に専念 することを意味。 (江原道文化財資料第35号)
 
 
建立年度 :
1902年
指定文化財 :
江原文化資料第35号

巨津邑冷泉里の乾鳳寺の敷地内にある不二門は、1902年に建立され6.25動乱中に766間の乾鳳寺は消失したが、唯一残った当時の建物で江原道文化資料第35号に指定され保存されている。
不二門は円筒形に処理して高さ1.61mの4つの石柱の上に木の柱を立てて建てた二軒の八作屋根の多手先家で、石柱には長さ90cmの大きさの金剛刊とよく似た模様が刻まれており、建物の上側の中央には朝鮮末期の名筆家である海岡先生が書いた不二門の扁額が掛かっている事で有名である。
不二門の意味は、この門に足を踏み入れた人は二つの心を持つべからず。一途に仏道に精進する一心を持たねばならぬと言う大慈大悲の奥深い仏教の教理を込めており、この門に足を踏み入れる信徒の心を正させる。
海岡先生
朝鮮の最後の王世子である英親王が日本に人質として連れられて行く前の書道の師匠で、書芸に優れ、本名は金圭鎭である。彼が金剛山九龍滝の石面に弥勒仏と刻んだ文字は一画に人が入るくらい深く、また巨大である。この文字を書く筆がなく葛の蔓の繊維質で結び書いたと言い、岩壁の刻字は楡岾寺の僧侶が3年の功を込めて刻んだと言う。